「神様に抗う」×「宇宙を感じる」 ― AIストラテジスト×編集者 対談
対談
Yahoo! JAPAN用クローラー開発、世界初の自律コンピューティング基礎研究、原子力発電所制御/宇宙衛星システム開発などを手掛けた米国在住AIストラテジストの吉平健治氏。数々の雑誌で特集記事を手がけ、現在は長年の編集経験を活かした独自の広報戦略で企業や自治体の広報プロデュースなどを担う有田佳浩氏。当プログラムの講師も務める2人による、「AI」と「編集」という2つの分野を超える対談。
移動、時間、相対、宇宙。大事にしてきた編集の視点。
有田 私は「広報プロデューサー」など仕事上、色々肩書きがありますが、自分の名刺には「編集者」と書いているくらい、自分としてはずっと編集者という視点や指標を大事にしてきたつもりです。
吉平 編集者の「視点」とは、どんなものなんでしょう。
有田 一般的な編集者視点というよりは、長年の経験から自分で捉えてきた視点ではありますが、たとえば「移動する」とか「時間を捉える」とか、「相対」、あとは「宇宙」でしょうか。いわゆるテクニカルな編集ではなく、どちらかというと知的作業としてのエディトリアルをやってるつもりです。その中でも、どうしても毎回出てくるのが「そもそも」なんですよ。クライアントからテーマを与えられたとき、「そもそも」を議論することからスタートする。だから今回は、吉平さんがなぜ「超生命体をつくりたい」のか。そこからお話を伺いたいなと。
吉平 そもそも、ですか。それを言うと実は究極的には、結局「私という個体のわがまま」 ― 超ちっぽけな存在の中のわがままでしかなくて、その個体が、ただ単に超生命体をつくることを「かっこいい」と感じている、というだけなんです。「すごい生物」だとか、「社会全体」だとか、「地球」だとか、そういう言葉が出てくると、高い視座からメタ的な視点で世の中を見て、すごく崇高な哲学をやっている人みたいな見方をされるんですけど、結局は吉平健治という個体から発しているわけで、宇宙を語るのも、目の前の社会的弱者を助けるのも、家庭内の小さい暴力の問題を解決するのも、結局、所詮は「個体レベルのちっこい話」だと思ってます。
そういった意味での「そもそも」だとすると、一つは、宇宙論的な話、何十億年というスケールで話すこと自体を「かっこいい」と思っちゃう、というだけなんですよ。SFがかっこいい、という話と同じレベルですね。
有田 「超生命体」にすごくこだわっているわけではないと。
吉平 そうですね、私がちっぽけな100年足らずの人生の中で何をやりたいかというと、少しでもいいから、そういう「よくわからない生命体だか、ロボットとAIの融合体だか、宇宙人だかわからないもの」を作りたい。そこに貢献したい。それをかっこいいと思っている。これが個人的なビジョンです。
エントロピー増大の法則に抗いたい。
有田 ではそれをなぜ「かっこいい」と思うのでしょうか。
吉平 「エントロピー」という言葉はご存知だと思いますが、エントロピーって、簡単に言うと、コーヒーと牛乳を混ぜて「コーヒー牛乳」になるとエントロピーは上がる、というものですよね。混ざり具合がいい感じだと、エントロピーが上がっている。でも、それは戻せない。
この宇宙では、残念ながらエントロピーは必ず増えていく。コーヒーと牛乳を分離するためには、エネルギーが必要で、そのエネルギーは別のところ、例えば太陽で、それ以上のエントロピーが上がっていなきゃいけない。これが宇宙の大法則です。
エントロピーが上がるのはしょうがない。それは、宇宙を作った神様のルールなので仕方がないんですけど、多分、生物、個体って、エントロピーを「下げる」方向に生まれてきている。地球ができて、本来ならバラバラになっていた酸素や炭素や水素という分子が混ざって細胞ができ、ミトコンドリアができ、生物が生まれた。これは圧倒的にエントロピーを下げている方向なんですね。物事が整理されてくるから。
太陽というどこかでエントロピーがどんどん上がっているおかげで、地球という変なところでエントロピーが下がる現象が起きている。神様に抗っているんですよ。神様はずっと宇宙全体のエントロピーを上げてくるのに、地球というへんてこな場所で、それに抗おうという動きが起きている。だったら、私も何か神様にあらがいたい、エントロピーを下げたい ― そういう思いがまずあるんですね。これは多分、単純な反抗心 ― 権威や社会に対する反抗心 ― と多分同じです。宇宙の神様に対して反抗したい、というだけ。だから、「文明に貢献したい、人類とか、生物、地球の発展に貢献したい」という気持ちにつながる。
有田 「神様に抗う」。
吉平 そうですね。何か圧倒的に支配されているものに対抗したい、という思いが私の中のどこかにあるんです。
有田 なるほど。
吉平 いいものを作るとか、知的生命体を作るとか、何かを開発する、絵を描く、音楽を書く……何でもいいのですが、そういった創造的な活動はエントロピーを下げていく方向なんですよね。だから、そこで神様に抗いたい。もちろん、そんなに大きなことはできないだろうから、「100年でできることはやりたい」と思っています。そういうふうに思うような自分を作ったのも神様なので、そこが難しいんですけどね。
有田 これはなかなか、このまま世間一般に出すと、ちょっとハレーションを起こしそうな……(笑)。
吉平 「神に抗うという気持ちも、神の思し召しだ」と言ってしまえばなんとかならないでしょうか(笑)。
AIは脳の「拡張」か。
吉平 私のこういうビジョンとすごく近しいなと感じたのが、TED talksにも出ていた、AI起業家であり、ベンチャーキャピタリストでもある、スコット・フェニックス氏(※1)。彼は20億年前、地球上の生命はほとんどが単細胞だった時代から細胞の融合を経て生まれたミトコンドリアを例にしながら、「AIは人間の代替物である」として、「存在を置き換えられるよりは、融合を選んだほうがいい」と主張してるんです。
有田 なるほど、「融合」ですか。それを聞いていて思い出したのは、メディア論を生み出した、マーシャル・マクルーハン(※2)の「メディアは人間の拡張である」という言葉ですね。正直若い頃はこの言葉にピンと来なかったのですが、この歳になってきて、経験を積んで、さらにいろんなメディアが世に出始めて、自分なりに感じるところがあります。マクルーハンは、人間が生み出したあらゆる技術を「メディア」と捉えていたんですね。
吉平 「車」が足の拡張、というやつですよね。
有田 そうですそうです。AIがメディアかどうかはクエスチョンがつくところかもしれませんが、これをAIに当てはめていくと、どういうふうに捉え直したらいいのかな、というのを思っているんです。いかがでしょう。
吉平 「人間の拡張」という意味だと、人間が今まで拡張してきたもので考えていくと、今度は「思考」が拡張されている、ということになります。
有田 脳が拡張される、ということですよね。それは、マクルーハンの予言めいたものだったのではないでしょうか。
吉平 今のAI的な発想……AIなのでコンピューターでインテリジェンスを再現しているんですけど、その再現にあたって何をしているかというと、基本的に人間の脳を模倣しているだけなんです。人間の脳と同じものを作れば人間みたいなインテリジェンスができるんじゃないか、と思ったアーキテクチャが本当に「ニューラルネットワーク」を作った。ニューラルネットワークは、そもそも生物の脳が持っている有機的な物理的なつながりですけど、それをコンピューター上で再現したものなんですね。
脳のニューロンのつながりがある程度強くなると「発火」が起きて、また別のニューロンにつながる、という連鎖的な動きを脳でも起きていることが当時から分かっていて。それを再現すれば、コンピューターでも知的活動みたいなことができるんじゃないか、というので人工でニューラルネットワークを作ろうという考えは60〜70年代からあったんです。
ただ、当時のコンピューターでは、ニューロンを再現するパワーが弱かったので、10個とか15個とかしかできなかった。コンピューターのパワーが上がってきて100個できるようになっても、それでも足りない。さらに、つながりをどういうふうに作っていけばいいか、ということを自然と覚えていく仕組み、つまり学習には、入力とそれに対する出力をたくさん観察しないといけないのですが、昔はそのデータを準備するのが大変だった。
でも、ネットのおかげで、世界中に画像・音楽・言葉のデータがほぼ無限に現れたわけです。そして、たまたまゲーム用に作られたNVIDIAのチップが、ニューラルネットワークを再現するのに適していたことから、いろんな事情が重なって2012年に「ディープニューラルネットワーク」という「ディープラーニング」の学習モデルを支える技術が出来上がるというブレークスルーが起きたわけです。
有田 AIの発想の源は「人間の脳」だったということですね。
根源的な問いを立てる。
有田 さらにマクルーハンは、「拡張していく中で必要になってくるのは根源的な問いであったり、そういう問いを立てる力だ」というようなことを言ってるんです。そう考えたときに、一般の方々はAIを「利用する側」に立つと思うのですが、このマクルーハンの言う「根源的な問いを立てる力」は、どうやって構築していけばいいのかなと。私は長年エディトリアルをやってきて、いろんな現場で、最初にお話ししたような「相対」とか「宇宙」、「時間」っていうことを指標にしながら地べたはいずりまわってやってきたからこそ、そういうことを身体化できるようになってきたなという感覚なんです。
吉平 そこですよね。私は中学・高校生のときからゲームを作りたかったので、コンピュータープログラミングをずっとやってきたのですが、ついこの間までは、プログラムを書くことが「作る作業」の中心でした。その作る・書くための道具自体は、昔は手を使って紙に書いて考えなきゃいけない世界だったのが、いい言語・ツールが出てきて抽象的な思考をちょっとコンピューターに入力するだけでプログラムが書けるようになったわけです。
でも、ここ1年で起きたことは、それを全く変えてしまった。プログラムを書く必要がなくなったんですよ。「こういうものを作りたい」という設定 ― 最近の言葉で言うと「ハーネスエンジニアリング」と言ったりしますが、この作業台の上で、環境を設定してあげれば、あとは中身は勝手に作ってくれる。3Dプリンティングのように。これは半端じゃない革命だと思います。
有田 「作る側」と「利用する側」の境界線がなくなってきたと。
吉平 私自身も含めて、ものを作りたい人、コンテンツを作りたい人って、どうしても「中の部品」にアートを求めちゃう、クラフトマンシップ的なところがあって。それ自体は別に否定したくないんですけど、そこがガラッと変わって、周りを作る「編集的なところ」をやらなきゃいけない、という時代に変わってきている。
有田 なるほど。
吉平 昔はそのアートが職人芸だったので、ウェブサイトを作るのも、金融システムを作るのも、必要だったんですけど、今は職人技がいらなくなってきている。その事態、その変化が起きているのですが、多くの人はその環境に目を閉じている気がします。漠然と怖いと思っているというのが近いかもしれませんね。
でも有田さんがやってきた「編集」という作業と、先ほど言った「ハーネスエンジニアリング」 ― 作業台を作って、中身は勝手に作ってくれるんだけど、「こういう条件で、ここははみ出しちゃいけないよ、こういう形に収めてほしいよ」と設定していくこと ― は、非常に共通点がたくさんあるんじゃないか、という気がしています。
プロフィール
吉平健治(よしひら けんじ)
東京大学工学部電気工学科卒、ニューヨーク大学大学院修了(コンピュータサイエンス修士号)。米国を拠点に20年以上にわたり、AI・データ領域の研究開発と事業化を一貫して推進。グローバル企業の研究所において、機械学習を活用した技術の開発から顧客導入、事業化までを主導し、発電所や宇宙関連システムなどの社会インフラ領域への実装を実現。研究成果を実際の事業価値へ転換してきた実務経験を有する。近年は、米国における産学官連携エコシステムの構築責任者として、全米40以上の大学・政府機関・企業との共同研究および新規事業創出を牽引。日米をまたぐAI・データ戦略および事業開発支援に従事し、企業のAI活用を経営戦略・組織・人材に統合するAI戦略の設計から実装までを支援している。著書・特許多数。
有田佳浩(ありた よしひろ)
大学在学中に編集プロダクションを設立し、数々の雑誌で特集記事を手がける。その後、「コペルニクスデザイン」を設立。長年の編集経験を活かした独自の広報戦略で、時代に先駆けた地域メディアの立ち上げや企業の広報プロデュースなどを展開。2018年より兵庫県編集デザインディレクター、2021年より広報プロデューサー。