いま企業が「越境突破人材」を求める理由

「共創」「ダイバーシティ」「サステナビリティ」――言葉ばかりが先行する時代に、企業の現場では実際に何が起きているのか。越境突破研究会の研修プログラム「BORDER BREAKERS(越境突破実践研修)」で「企業アセット棚卸し・価値の再定義(REENAL式ワーク)」を担う藤原明氏は、りそな総合研究所において二十年以上にわたり企業・行政を対象に年間数百件規模の地域協働・事業開発支援を重ねてきた、現場をよく知る実践者である。なぜいま企業が「越境突破人材」を求めるのか。雑誌『AERA』の「日本を突破する100人」にも選ばれた藤原氏に、研究会世話人・湯川カナが聞いた。

湯川 藤原さんはいわゆるメガバンク系のコンサルタントとして、長く企業の人材育成と事業開発の現場に立ち会ってこられました。まず、いま企業の現場では何が最大の課題になっていると感じられていますか?

藤原 一言で言えば、強い閉塞感です。人手不足が進み、もはや右肩上がりに成長する時代ではない。そうしたなかで、経営のトップは「自らイノベーションを起こせる人材が欲しい」と口を揃えます。私たちはこの二十年ほど、年間数百件の企業・地域の支援に関わってきましたが、求められる人材像の“呼び名”は、次々と変わってきました。経営者人材、変革人材、創造人材、プロデュース型人材、そして現在は「越境人材」「突破人材」……。呼び方は変われど、その根っこにあるのは、つねに「既存のやり方を超えられる人を、どう得るか」という問いでした。

湯川 では、いま言われる「越境・突破人材」は、これまでの人材像と何が違うのでしょうか。

藤原 決定的に違うのは、「社内にロールモデルがいない」点です。かつてのプロデュース型・経営型人材は、組織の中に手本があり、すでに価値のあるものを効率よく再生産する役割でした。野中郁次郎先生のSECIモデル―暗黙知を形式知に変えて受け継いでいく―の世界ですね。ところが、いま求められるイノベーション人材には、社内に手本がない。失われた三十年のあいだ、企業はそういう人材を育ててこなかったし、現場の誰も見たことがないのです。だからこそ、組織の外、異業種との「越境」が要る。社内の再生産だけでは、もう追いつかないということです。

湯川 その「越境・突破人材」とは、具体的にはどんな人物像なのでしょう。

藤原 昨年、企業の経営層や人事の方々に集まっていただき、セミナーとワークショップを通じて、その像を描き出しました。指示を待つのではなく自ら動き、周囲を巻き込んで変革を起こせる人。自律性と強い意志を持つ人。当事者意識、つまり物事を「自分ごと」にできる人。手元の資源から始めるエフェクチュエーション(※アントレプレナーシップ理論)を実践できる人。そして、利己と利他のバランスが取れる人。―ただ、興味深いのは、皆さん「こういう人がいたらいい」とおっしゃるのに、実際にはそういう人を育てていない。むしろ育てる側の環境が、芽を摘んでしまっていることが少なくないのです。

湯川 育てていないのではなく、そもそもそのような主体的な人材は「育成」できないということはありませんか?

藤原 私は、育成できると考えています。どの分野でもいい、本人が好きなテーマで実際にやってもらえば、テーマさえ間違えなければ、ほとんどの人ができるようになる。鍵は、「考える」だけで終わらせず、「実際にやってみて、形にする」ことです。小さくていい、最後までやり切る。その突き抜けた一度の経験が、やがてあらゆる領域に生きてきます。

私自身、23年前にプロジェクトを立ち上げた当初は、500人規模のイベントを、銀行側はたった一人で、舞台の設営からチラシ制作まで全部仕切っていました。現場では、ありえないことが次々に起こる。その不測の事態への対応力こそが、何より自分を鍛えてくれた。だから私は、プランで終わらせず「実装・実践まで」やり切ることに、強くこだわっているのです。

湯川 なぜ「越境」がそれほど効くのでしょうか。現場での実感を教えてください。

藤原 象徴的な経験があります。私は長年、自治体の職員の方を一年間、私の部署で受け容れて育ててきました。堺市、東大阪市、大東市、泉佐野市……皆さん、本当に驚くほど育つのです。ところが、まったく同じことを自分の組織の人間にやっても、意外と伸びない。これが不思議でしてね。

同じ組織だと、お互いにどこかで甘えや遠慮が出る。そして、つい自分の成功体験を押し付けてしまう。けれど、違う組織の方には、それをしないのです。前提から丁寧に噛み砕いて伝えますし、相手の質問によって私自身の考えも整理される。いわば「アンラーン」が、仕組みとして自然に起こる。しかも、価値ある対話は、ヒアリングの本番よりも、行き帰りの電車や振り返りの何気ない雑談にこそある。そこにこそ、暗黙知が宿るのです。厳しい環境を越えたときほど、人は伸びます。

湯川 一方で、組織の側にも「壁」があるのではないでしょうか。

藤原 ええ。私はこれを「組織の三層ギャップ」と呼んでいます。経営トップと現場(フロント)は、実は目線が合っているのです。現場の声を積み上げていくと、経営の思いとほとんどずれていない。ずれを生んでいるのは、あいだにいる中間管理職や、本部・企画部門です。現場の実態を掴まないまま、“まとめるのがうまい”人たちが、思いつきをきれいに説明し、結果として誤った経営判断を導いてしまう。私たちのワークショップに最も抵抗するのも、実は中間管理職です。実態が見えてしまうから、嫌われるのですね(笑)。

けれど、いまはAIによって、現場の一次情報・ゼロ次情報以外はすべて取れる時代になりました。きれいな思いつきは、もう通用しません。私自身、長年のワークショップの蓄積から、組織の実態を定量で経営者に示す「スコアリングモデル」もつくりました。心理的安全性とは、何でも認めてあげることではない。現場の課題感をきちんと整理し、それを上の層が引き受ける―その仕組みを作ることだと、私は考えています。

湯川 最後に。この研修と研究会を、どんな方に届けたいですか。

藤原 まずは、現場の最前線で活躍する方に、異業種の刺激を受けて「突き抜けた経験」をしていただきたい。ただし、それだけでは完成しません。本人の側に、何があっても折れない志が要る。そして、会社のパーパスと個人のパーパスを、「一致」ではなく「接続」させること。社員一人ひとりの思いの総和が会社のパーパスになっていく、それが理想です。

世の中には「なんちゃってパーパス」「見せかけのタレントマネジメント」などが溢れています。けれど、それでは人は動かない。本来は組織を飛び出せる力を持つ人を活かしきれていないのは、企業にとっても大きな損失です。スティーブ・ジョブズも、一度はアップルを追われ、戻ってきて組織を変えました。越境するとは、つまり、そういうことだと思うのです。

プロフィール

藤原 明(ふじわら あきら)

りそな総合研究所。大阪市立大学商学部卒業後、大和銀行(現・りそな銀行)入社。2003年のりそなショックを契機に、地域協働「REENAL(RESONA+REGIONAL)」プロジェクトを立ち上げ、500件以上の企画をプロデュース。数多くの地域コミュニティ・企業・起業家支援、人材育成支援を手がける。2007年、米国国務省IVLP(インターナショナル・ビジター・リーダーシップ・プログラム)招聘。雑誌『AERA』にて「日本を突破する100人」に選出。BORDER BREAKERS では「企業のアセット棚卸し・再定義(REENAL式ワーク)」を担当する。