越境突破研究会2026キックオフシンポジウムレポート

越境・出向・経験・主体性・情熱・成功体験・泥臭い挑戦

2026年1月、大阪と東京で2日間にわたり「越境突破研究会」2026のキックオフとなるシンポジウムが行われました。企業や自治体から経営者・人事・行政など多様な立場の人が集まり、質疑応答や意見交換も交えながら、「いま現場で何が起きているのか」「何が本当の課題なのか」を検討しました。

当日のキーワード、そこから得られた知見を、共有します。

第1部:越境の壁に、挑戦中。― 現場の実践事例から

第一部では、「越境/共創」をテーマとした実践に取り組んでいる2つの企業から、具体的な現場での取り組みと気づきを共有。銀行として「リーナル式プロジェクト」で地域共創を続けて20年以上の藤原明氏が、モデレーターとして深掘りした。

藤原明氏
モデレーター:藤原 明(りそな総合研究所株式会社 リーナルビジネス部長)

大和銀行入社後、2003年りそなショックを機に、「新しい銀行像」を創るため地域協働REENAL(RESONA+REGIONAL)プロジェクトを展開。毎年のように500以上のワークショップを通じて100以上の組織にかかわりながら、数多くの地域コミュニティ支援・企業・起業家支援を手掛ける。雑誌『AERA』で「日本を突破する100人」選出。

「前例なし」と「できない理由」を突破する。― 奥村組・黒瀬英俊氏

黒瀬英俊氏
黒瀬 英俊(株式会社奥村組 投資開発事業本部 新事業開発部長)

1997年 株式会社奥村組に入社。2018年から新事業開発部で、農業・養殖等一次産業の新規事業の立ち上げと推進、スタートアップ企業への出資等を行う。現在は奈良県吉野町での廃校利活用事業立ち上げ中。

「就職したのは、ま、土建屋なんです。それがある日突然、新事業開発部に異動と言われまして。その時うちの会社にそんな部署はなかったんですけれども(笑) その後スタートアップに初めて投資することになりまして、これももちろん業務要領なんてない」

望んでというわけではなく、ある日突然降りてきた人事異動。しかも部署自体が新設でルールブックも前例もない。老舗ゼネコンで「建設以外の何でもいいから儲かるものを考える」ミッションを背負うことになった。その後手がけたのは、「軽井沢で夏にイチゴを作る」、「陸上でサーモンを養殖する」、「奈良県の吉野町の廃校活用」。さらにNTT・岩谷産業などとの外部連携やスタートアップへの出資もした。

ただ、前例なき挑戦には、前例なき抵抗が待っていた。突拍子もないリスクを出してくる管理部門との交渉は、まるで別の言語を話す相手との対話だったという。しかし黒瀬さんはそこで折れなかった。軸としたのはシンプルな一点。

「自分の部署の最適解だけをぶつけていくんじゃなくて、会社にとってどんな未来が見えるかを軸に話をする。それを若い担当者が全部やってくれた。裏では僕もだいぶ怒られてましたけど、そんなこと表に出さずに。怒られるのが僕の仕事だと肚くくって」

越境突破の最前線で、配属から5年で部下は2人から20人に増えた。その現場で徹底してきたのは、「論点や主張を見失わないこと」「自分の部署での最適ではなく、会社全体の最適解を意識すること」。これが管理部門と合意形成をして組織を、そして組織が突破するための軸となる。とはいえ、正攻法では進まない時には、専務に直談判するなど“アウトローな進め方”もする。

「最終的にはやっぱり、現場を見てもらうしかない。その後に評価が変わる。やってみて、うまくいったら、社内与信が上がる。そうやって会社と個人が対等な関係になり、互いに信頼しあって任せ合う“余白”のようなものがある立ち位置を手に入れたかな、と思います」

会場からの質問:会社に提案しても上司から『できない理由』を並べられるんですが、どうしたらいいでしょうか。

「あー、言われますよね、できない理由(笑) ただ自分は信託銀行に出向した経験から、“奥村の常識は銀行の非常識”だったり、“銀行さんの常識は社会の非常識”だったりを知ってます。なのでこれ、極論ですしまだ若手に直接言ったことはないんですが、もしもそれが某奥村組のことだとしたら、『できないって言うんだったら、じゃあ〇〇建設(※他社)に相談に行ったら』とは、内心思ってます。あっ、言うてもた(笑)

私自身は、上司が『やってみろ』でやらせてくれた、それが自分の血となり骨となっています。若い者が侵すリスクなんて知れてるじゃないですか。若手にはとにかく主体者、主催者としてやってみる経験。質は問わないからとにかく数、いかにバッターボックスに立つかやと思います。うちの部下たちにはとにかく担当させて、5年目、30歳までにどこに行っても通用する人間になろうぜと言っています。30歳までに仕事をきっちりやるようになれば、会社のためになる。それが結局、自分の働く甲斐でもあると思っています」

挑戦者であるとともに、マネジメントとしての役割も大きく担う黒瀬さん。部下に「やめてもいいぜ」と言っているが、まだ1人もやめていないという。「明日帰ったら『やめる』と言い出す可能性もありますけど(笑)」 ただ、以前は「どうしましょうか?」と伺いを立てていた若手が、今は「こうしましたから」と事後報告に変わってきた。「まぁとんでもないこともあるんですが、命取られるわけじゃないですから」 自ら実践者として部下も越境突破人材に育成し、組織を変えていく現場を、垣間見ることができた。

「自分の本音」から共創の世界が広がる。― オカムラ(大阪)・岡本栄理氏

岡本栄理氏
岡本 栄理(株式会社オカムラ WORK MILL共創ディレクター/一般社団法人demoexpo 理事)

経理、営業事務、秘書を経て2017年6月よりWORK MILLコミュニティマネージャーに。「働く」をテーマにした共創空間・Open Innovation Biotope “Sea”を拠点に、全国の共創を創発するリーダーとして活動中。

「私は経理とか営業事務とか、秘書とか、ずっとバックオフィスの人材だったんです。2017年から共創に携わってるんですけど、最初はその言葉すらも全然知らないようなところからのスタートで、私が何を語れるねんっていう感じで(笑) 最初の頃は悩みが大きかったですね」

バックオフィスの仕事を続けてきたところから、2017年に「これからの働き方・学び方・共創」を探究するプラットフォーム WORK MILL のコミュニティマネージャーになり、いきなり「共創」の現場に。最初の頃は、東京や名古屋で先にこの事業をしていた人たちの真似をして、用意した原稿を読みあげるような司会者をしていたという。

「ある日参加者の方から『岡本さんの言葉が聞きたい』という声をいただいて。それまでは『共創をする側と自分の間には、大きな川が流れている』と本気で信じていて(笑) 普通の自分には共創なんて無理、何者かにならなければならない、大上段に構えて上から正解を言わなきゃいけないと思っていたのですが、それをかなぐり捨てて、結構震えながら、自分の思いを素直に喋ったことがあったんです。そこから、共創の世界が急にぱあっと広がりました」

それまで自分を守っていた部分を破り、素直に人の話を聞いて感じたことを本音でそのまま話すうちに、お互いに人間であまり大差ないと気がつけた。そこから、素の岡本さんらしい“面白がり力”で共創をすすめる。関西の「ちょっとおもろいから」という空気も意識的に活かしつつ、社会共創を企業人として進めていく技術を磨いてきた。

「自分のやりたいという思いを、いかに『いい言い訳』にするか(笑) 自分のやりたい × 会社の思惑 × 社会に求められていること × ブランドに求められていること、そういうものをこう重ねていくのが、すごい大事やなと思っています。常に初心や原点を忘れず、個人としておもしろがりながら、なんとかなる、と思って進む。私としては、この姿勢が共創では大事かなと思っています」

会場からの質問:こうして見ていても岡本さんはとても楽しそうなのですが、「おもしろがる」というのは、何かきっかけがありましたか?

「とても個人的な話なんですけど、私、母が認知症になってまして。自転車でスーパー乗ってどっかに行って、歩いて帰ってくる。自転車探さなあかんで、ってなるんですが、一人で探すの大変じゃないですか。それでこどもも巻き込もう思った時に、『自転車探さなあかん』って言うんじゃなくて、『自転車見つけたら何百円もらえるで』と言ったら、みんなにすごい乗ってきた(笑) 仕掛けで面白くするってこういうことなんやな、と思ったんです。

会社でもやはり『おもしろがる』のは自分。自分のことを知ると、おもしろがれるんじゃないかなと思っています。自分がいちばん自分の機嫌を取れます。まず相手や状況をどうこうしようというのではなく、素直に、自分が何にワクワクするか、何が好きで何が嫌いか。そこに意識的であることも、多様な人との共創を進めるうえですごく大事だなと思っています」

”オカムラの岡本さん”は現在、大阪・関西万博でも共創プロジェクトを牽引してきて、すっかり関西の「共創の顔」になっている。「とにかく外に出て、いろいろな人に会い、公の場で思いを伝え、共創の数をこなして、評価を受ける。すると社内での見え方も変わります」 会社の看板を背負いながら、個人であることを大切にするからこそ共創が生まれてきたと語る岡本さんの楽しそうな姿に触れて、共創を始めた人も多いのではないだろうか。

十年続いた「気持ち悪さ」を、一冊の本にした。― オカムラ(東京)・庵原悠氏

庵原悠氏
庵原 悠(株式会社オカムラ WORK MILL共創ディレクター)

設計部門出身。研究所配属時から「共創」をテーマに、新しいオフィス作りや公共の場作りに取り組み、十数年に渡って共創の現場に立ち続ける。雑誌『WORK MILL with FOMS』の編集、共創空間の運営に従事。2024年、『ゼロからの共創』を出版。

「研究所に配属された最初から、新しいオフィス作りや新しい公共の場作りに向けたテーマを持ちなさいと言われ、『共創』をテーマにして十数年です。2025年に手がけた岩手県釜石市の『NEMARU PORT(ネマルポート)』という施設は、ここを作ること自体が目的ではなくて、釜石で企業人に向けた研修メニューを提供する事業が目的。『施設』を作るだけじゃダメで、事業にいかにうまく活かしながら運営するかという『コトづくり』にこそ、入っていきました」

庵原さんが所属するオカムラは、オフィス家具メーカーから「より包括的なソリューション企業」になるため、十数年前に社名から「製作所」を外したという。デザイン好き・新しいもの好きな企業文化を維持しながら、「モノづくり」から「コトづくり」へシフトする。そこで「共創」をテーマに十年以上取り組むなかで、庵原さんはひとつの違和感を抱えてきた。

「『共創』という言葉が、あまりにも言語化されてないことへの気持ち悪さが、ずっと続いていたんですね。その思いを原点として、ようやく去年、『ゼロからの共創』という本を出させていただきました。これまで千回を超えるイベント実践、多種多様なリサーチを重ねたうえで、ようやく形になった一冊です」

「わからない」「うまくいかない」の壁、「人が集まらない・続かない」の壁、「場が活性化しない」の壁。よくある3つの「壁」を超える方法を、数多くの経験をもとに「運営・計画・空間」の3つの軸、それぞれ4つの要素、合計12の要素に分解して実践する方法を、冷静に提案する。”共創のオカムラ”の実現を理論派として支える庵原さんが、実際にとくに重視していることは。

「実践を通じて、まず外部評価をどんどん得てしまうことです。やってることって、社内で評価されるよりも、まず社外で評価されることもあったりするんですよね。社内だと、どうしてもその評価軸の中でしか評価されない。外とやり取りをして外部評価を得るのが、社内を変えるすごい大きな糧になるんじゃないか、と思っています」

会場からの質問:理論派の庵原さんに質問です。社外で評価されたものを、社内のロジックに再翻訳することも必要だと思うんですが?

「そうなんです。社外で評価されたものが自社にとってどう還元される価値になるのかを翻訳する必要があるのですが、重要なのはそれを一人ではなくて、決定権を持っているマネージャーや支えとなるサポーターと、ロジックと信頼関係を醸成しながら進めることです。

そしてとにかく、小さくてもいいから成功体験を積み重ねること。成功って、物は言いようだと思うんですよ。いかに成功したかのストーリーを自分で立てられるかどうかがすごく重要で。生々しい言い方をすると、自分は『それができないんだったらもう辞めちゃおう』ぐらいに思ってた、そんな思いきりも大事だと思います」

共創の現場を、分析的・論理的に進める庵原さん。だけど、「巻き込むタイプ」の人にロジカルなことを考えさせてもうまくいかなかった経験もあるという。「むしろ僕がロジック・理論武装は提供して、『あなたはもう考えんと、やっていきゃいいよ』ぐらいの勢いで進めるのが正解だった。ロールモデルを増やすこと、その人なりのやり方でうまく伸ばしてあげて、いろんなロールモデルのパターンができあがる方がいいと思います」 なかなかナレッジがたまらず”同じような失敗”が繰り返されがちな共創で、庵原さんの知見と眼差しは、これからますます重要になりそうだ。

第2部:壁を越えるヒント ― 最先端の事例と理論から

第1部の現場での実践者の声に続き、第2部は、最先端の事例と理論から「壁を越えるヒント」を探ります。産学官民・多世代の越境共創学習プログラムを10年以上手がけるリベルタ学舎の湯川カナが進行を担当。米国から越境を地で行くコンピュータサイエンティストと、グローバル企業での組織変革を駆け抜けてきたDE&Iの先駆者が登壇しました。

湯川カナ
進行:湯川 カナ(一般社団法人リベルタ学舎 代表理事)

早稲田大学法学部在学中に孫泰蔵氏の学生起業に参加し、その後Yahoo! JAPAN創業メンバーに。スペイン10年を経て神戸に移住後、産官学民連携による社会変革のための実践と教育を手がける。社会変革のためのアントレプレナーシップ学習設計を専門とする。元兵庫県広報官。

「正解っぽいこと」は10秒。問われるのは「0次情報」― コンピュータサイエンティスト・吉平健治氏

吉平健治氏
吉平 健治(アメリカ在住コンピュータサイエンティスト/AIストラテジスト/電気通信大学客員教授)

ニューヨーク大学コンピュータサイエンス修士。学生時代に孫泰蔵氏とともに Yahoo! JAPAN 創業期の技術支援に従事。日立、金融情報配信会社(CTO)、NEC Laboratories America(分散自律コンピューティングの研究)を経て、米国AIスタートアップR&Dヘッド。現在、複数のグローバル・エンタープライズの技術顧問をつとめる。

小学生の頃からコンピュータの自作を始め、大学時代に友人の起業家・孫泰蔵氏に誘われ、1995年に検索エンジンすら存在していなかった日本でYahoo! JAPANを作るというミッションに取り組んだ吉平さん。日本での大企業就職後、コンピュータサイエンスを学ぶためアメリカに渡り、研究者・起業家として25年以上を過ごした吉平さんは、自らの越境を「外と話しているうちに、いつのまにか外にいた」の連続と語る。気づけば大学や政府機関とのプロジェクトが積み重なり、日米をつなぐ技術顧問として世界を飛び回るように。そんな吉平さんが、いま日本の組織に最も伝えたいのが「AI時代に何が問われるか」だという。

「今日この機会にお伝えしたいのは、AI時代における現場の生の情報、いわば『0次情報』の大切さです。ChatGPTでも何でもいいんですが、そういうAIに聞けば『正解っぽいこと』は10秒で出てきます。しかし、それは過去のデータの平均値なんですね。新しい価値を生むには、自分の足で現場に行き、誰よりも先に手に入れる情報が不可欠です。それには、自分が『外』に行く、今日のキーワードでいうと『越境』するしかないですよね」

生成AIの基礎となるLLM(大規模言語モデル)が、その場でもっとも確率の高い「次の言葉」を予測して出力する仕組みである以上、AIが大量のデータを学習しても、出てくるのは「一般的な答え」に過ぎない。差別化できる情報は、そこからはみ出したところにしかない。”越境”の今日的な価値を、吉平さんは伝える。

「AIの業界は非常に変化が大きくて速い。もう今日明日、いやおそらくここで私がいま話している間、みなさんがここに座られている間も、AIは日々日々進化しています。マネジメント職の方も多くいらっしゃいますが、みなさんがこれまで一生懸命書いてきた資料を、部下の方は新しいツールを使って何秒という時間で仕上げてくる。きっとそういう体験を、毎日されていると思います。だからこそ『変わらないところ』が重要ですよね」

吉平さんは、そのひとつが自分たちの業務についての目的と価値への根源的な問いであり、もうひとつは事業の専門領域におけるドメイン知識だと語る。AIによって業務が大きく変わる現在は、そもそもの業務や事業の価値、なぜやるのかを考える絶好の機会になる。”AIを使う”を目的ではなく手段にして、「自分たちは何を目指しているのか」という問いを起点として据え続けることが、AIに振り回されずに組織を進化させる唯一の道だと、吉平さんは語る。

会場からの質問:日本とアメリカで、共創への向き合い方の違いはありますか?

「アメリカでは、そもそも集まる場を作る意味がないんですよ。大学や公共機関は別として、『民間が組織の外で何かをやる』という意識がない。業務効率だけをAIにやらせて、もし自分が別の会社で何かしなきゃいけないんだったら、転職するぜ、って世界。ある意味、だからこそAIの世界に入りやすいのかもしれません。

日本には日本の独自性があって、それを良い点としてうまく使っていく。こういう民間の共創の場もですし、AIとの付き合い方もそうかもしれません。AIをただの効率化ツールで終わらせない、本当の組織進化の鍵も、実はこういうところにあるんじゃないかと思っています」

組織だけでなく業界、さらには国や技術を含む「越境」を「つながり」に変えながら生きてきた吉平さんの言葉は、変化のなかで持ち続けるべき起点と姿勢についての示唆に富んでいた。いまAIという巨大な変化を前にしたときにも、何のためにするのかという目的と価値を根源的に自分に問い続けながら、現場の生の情報を摑みにいく。AIや越境というバズワードに飲み込まれて目的化するのではなく、それらを手段として組織を動かしていくことが、越境突破人材に問われている資質であるといえるのかもしれない。

ぬるま湯の「心理的安全性」では、変革は起きない。― アシックス・吉川美奈子氏

吉川美奈子氏
吉川 美奈子(株式会社アシックス エグゼクティブアドバイザー/周南公立大学客員教授)

ドイツ銀行、P&Gを経て、アシックスに入社。世界本社の神戸を拠点に、ドメスティックだった同社のサステナビリティ/グローバル組織変革を牽引し、2023年、世界最小カーボンフットプリント(1.95kg)のシューズ開発をリードする。現在は同社エグゼクティブアドバイザー。

吉川さんが、初の女性部長としてアシックスに入社した十数年前、同社はとてもドメスティックで、売上も8割が日本国内という状況だったと振り返る。そこからサステナビリティ部門を立ち上げ、グローバルな組織変革を推進してきた。

「私は、世界本社の神戸から来ました」。

そう語り始めた吉川さんは、それまでグローバルな外資系企業2社に勤めてきた。しかし10年前に初の女性部長として入社した当時のアシックスは、売上の8割が日本という極めてドメスティックな会社で、スポーツ用品だけにまさに”体育会系”の雰囲気も強く、初めてヨーロッパのオフィスを訪れた時にはグローバルからの信頼のなさを痛感したという。そんな状況で、吉川さんはサステナビリティ部門のリーダーとしてグローバルな組織変革を推進。今や同社は業績絶好調で株価も急上昇している。吉川さんが最初に取り組んだのは、サステナビリティの位置づけの刷新だった。

「よくサステナビリティは『Nice to do』だと位置づけられるのですが、そうではなく経営の根幹として入れて、環境や人権についてもビジネスと同等に統合して進めていくことを、まずはやってきました」

この考え方で吉川さんが取り組んだのが、2023年に発表した「世界最小のカーボンフットプリント、1.95kgのシューズ」の開発だ。通常のランニングシューズの排出量を4分の1以下に押さえながら、アシックスが70年以上大切にしてきた機能性と品質を一切妥協しない製品をつくるため、16に上る施策を実施する。このプロジェクトが画期的だったのは、組織の動かし方にも現れていた。

「通常、靴作りは企画、設計、生産とバトンタッチしていく縦割りですが、このプロジェクトでは最初から全部署が集まりました。まさに社内で越境したかんじです。いわば”無茶な目標”に、当然ながら靴作りにずっと誇りを持ってきた人は反発する。でも、ここで突破口を開いたのがアパレル出身のメンバーでした。靴の常識を知らないからこそ、ゼロから見直せたんですね。この「知らない」ことが、最大の武器になりました」

もうひとつ、サプライヤーとの関係も刷新した。ベトナムやインドネシアの工場に対して、コストや品質だけでなく「どの工程でどのくらいのエネルギーを使っているか」まで開示を求めた。嫌がるサプライヤーもいたが、趣旨を丁寧に説明し、動画でつないで現場を一緒に見ながら調整を重ねるというプロセスを経ることで、最終的にはそれまでと全く違うオープンな関係性が生まれ、成果につながったという。「企業でやるDE&Iや共創は、売上につながらないと意味がない」。これを理念としてではなく実践として行ってきたという力強さが、言葉に現れていた。

会場からの質問:その変革を引っ張ってこられた中で、リーダーシップで大事にされていたことは?

「結構もうゼロからのプロジェクトだったので、『任せる』です。プロジェクトでは絶対否定しないことを徹底しました。ダメだったら『次、何ができますか』という聞き方をする。それで、現場がすごく裁量を持って動いていました。私は何もしてません(笑)

もちろん、会社の上層部から『できないんじゃないか』と言われたこともあったんですけれども、それは現場に伝えなかったんです。なんとかしようと思ったので。そういう意味では、『権限委譲する』と『腹をくくる』が、私のスタンスだったかなと思います。

そしてもうひとつ、組織の壁を越えるには、あえて言うと『心理的安全性』という名の『ぬるま湯』ではなく、ダメなものはダメと言い合える『健全な議論ができる場』を作ることが、成功の鍵でした」

「心理的安全性」はここ数年、組織論で最もよく聞かれるキーワードのひとつだ。しかし吉川さんは、その言葉が「なんとなくやさしく、なんとなく全員OK」というぬるま湯に変質してしまうことを危惧する。本当に必要なのは、居心地の良さではなくお互いにダメと言える信頼関係であり、そこにこそイノベーションが生まれる。

吉川さんは、人が動き、成功体験をした人たちや失敗をしたひともそれを活かしていくカルチャーをつくると、会社は変わり、そこでまた人も変わると言う。「ご用聞きみたいなことばかりしていた人たちが、マジョリティじゃなくなりました」 そんな可能性を信じて、周囲から無理と言われることでも取り組んでみる。「楽観的戦略家」の経験と言葉は、組織変革に向き合うすべての人への力強いエールだった。

第3部:共に「壁」を越えていくために ― まとめと、これから

5人の登壇者の話を踏まえて、参加者によるグループ討議と質疑応答が行われた。それを受けた登壇者からの、この日の全体を振り返っての一言コメントを紹介する。

黒瀬氏(奥村組) やりたいことは我慢して、やってみてしまう。うまくいったら自然と社内評価が上がる。失敗した時には、失敗じゃなかったかのようにうまく泳いで部下も自分も守り、次の機会を待つ。大事なのは、理論武装はするけど、正面突破はしないこと。正面突破は……死ぬんで、みなさん(笑)

岡本氏(オカムラ) 外に出て行動して獲得した情報は、自分が信じてあげないと誰が信じるねん!(笑) と。自分の違和感や直感は、私が信じる責任がある。その上で、社内に通じるかはタイミングがある。だからまず1回、当てておく。種を蒔いておいて、木が熟すのを待つみたいなことを意識的に。

吉平氏(コンピュータサイエンティスト) AIの使い方をよく聞かれるが、正解がないというか、たとえば「効率がいい」もそもそも定義が難しい。その定義や、人間とAIの比較軸づくりをサボるのが、いま一番危険。私自身は組織も国も嫌になったら逃げるけど、唯一逃げないのがいま地球なので、地球には貢献したいかな(笑)

吉川氏(アシックス) 組織変革なんて、嫌がられるのはわかってる。だから「楽観的な戦略家」じゃなきゃやってられない。誰に言ったらこれはどう動くかはすごく考える。そして同じくらい、動かないと始まらない。私は組織の端っこの方で動いて、「ちょっと面白そうだよ。大変そうだけど(笑)」って立ち位置かと。

その後、モデレーターのりそな総研・藤原氏が、シンポジウム中の発言やSlidoに集まったものも含めてコメントを拾いながら、本日の議論を構造化し、越境突破人材育成の方向性を示した。

越境・突破人材育成プログラム展開イメージ(大阪会場)
藤原氏による議論の構造化(大阪会場)
越境・突破人材育成プログラム展開イメージ(東京会場)
藤原氏による議論の構造化(東京会場)

「面白がり力」を問う。― 藤原氏(りそな総合研究所)

「今日出てきたキーワードをまとめると、越境・出向・経験・主体性・情熱・成功体験・泥臭い挑戦、そして面白がり力。組織の壁を超える個人には、スキルより先に、この『面白がる力』と『やりたい』熱量があることが見えてきたかと思います」

藤原氏が示したのは、「外に出て、社外評価を得て、それが社内評価に還元されるという循環こそが、越境突破人材を育てる」という構造。異業種交流の場をフィールドワークとして組み込み、挑戦と成功体験のサイクルを設計することが、越境突破人材育成の方向性だと述べました。

「1部2部で出てきた要素をすべて体験できるようなプログラムを揃え、フィールドワーク・行動実践の場を用意したい。何が起こるかわからないのが大事。それを面白がっていただくと、外部との交流のなかで突破する瞬間が生まれるのではないかと思っています」

冒険したから、ヒーローになる。― シンポジウムを振り返って(湯川/越境突破研究会世話人・リベルタ学舎代表)

このシンポジウムでは、越境を突破する企業2社の現場から3名、またAIとDE&Iにつき現場経験ももつスペシャリストから2名、知見の共有があった。それぞれの話もだがそもそも人物が個性強く、とても面白かったので、学習の実践研究者という立場からは「果たして越境突破人材は学習により育成できるのか」という新たな疑問が生じるほどだった。

そもそも「人材」という言葉には、ずっと違和感があった。(語源は異なるらしいが)「材」という言葉はどうしても(組織の)材料というイメージを抱いてしまう。「人財」と言い換える企業もあるが、これとて組織にとっての価値に注目し過ぎていないか。

越境突破する人は、いつの時代にもいたのだろう。日本を代表する越境突破人材である坂本龍馬は、実際に越境して脱藩をした後に、海軍をつくり、日本初の株式会社・亀山社中をつくり、薩長連合を成立させてヒーローになった。しかし坂本龍馬は「大政奉還人材」や「イノベーション人材」や「自治体協働人材」の育成プログラムによって誕生したわけではない。見つかれば死罪という覚悟を決めた土佐藩脱藩を皮切りに、”外”で接点があった場所で、「ひとを集めてつないで形をつくる」という行動を続けてきた。それが結果的に、いわば「幕末人材」ともいえる究極のイノベーション人材を育んだのだ。

越境突破人をつくるのは、カリキュラムやメソッドではない。冒険という、既存の安心圏やふるさとを飛び出して必死で活動した経験そのものが、いわば発酵するように経験値として蓄積され、気づけば「あらゆる状況で、壁を越えて関係性をつくり、誰かを少しだけ楽しくしたり困り事が減り、いつか社会もドラスティックに変えてしまうこと」をしてしまう人を育んでいるのだろう。この場合、「材」といっても組織内の構造物としてだけではなく、組織の内外をつなぐ橋にもなり、組織の外で困っていた人たちを載せどこかへ送り届ける船にもなり、振り返って組織の壁に穴をあけ風通しを良くする役割を果たす人になるのかもしれない。

ヒーローになりたいから冒険するのではなく、冒険したからヒーローになる。その証拠に、今回の登壇者は誰もが「主役」の顔をしていた。

会場で参加された方からは、以下のような感想が聞かれた。

突破すべき壁は、「上長のマインドセット」「トップの越境機会づくり」「受け身な職員層の意識変革」。

― 行政機関職員

人との繋がり、組織はアナログでないと解決できない。

― コンサルタント会社社長

理論武装と実践、突破する人とその人をサポートする上司のペアが必須。

― 自治体職員